【ギタぽんが出来るまで】6 元の生活

鹿児島から帰って、受験の子供をかかえ、家で2つの会社の仕事をしながらばたばたと生活をしていた。
そして、9.11のテロ!
社長がいきなり、人間の盾になりに行くから会社をたたむという。業績が悪いわけでもないのに。。
とんでもないゴタゴタの後、いきなり会社は終わった。
全く社長は面白い人だったな。

ほぼ同じタイミングで、都内の仕事くれてる会社から連絡が来た。
デカい仕事が始まっているのにトラブルで責任者も担当者もいなくなり、DTP経験者がゼロになったから助けてくれという。慣れた仕事だ、まかしとけ!
次の仕事が決まってない前の会社の翻訳チェッカーや、DTPオペレータに仕事を流して取りまとめ、滞っていた業務を再稼働させ、私はそのままその会社に居ついた。

娘達は年子なので、受験がおわったかと思うと、翌年も妹が受験、1年空いて、また連続で大学受験という目まぐるしさ。

そんな中、しっぽ♪に誘われて、沖縄音楽で太鼓を叩いたり、ギターを弾いたり。音楽活動まで始まった。

【わたしが「みたぽん」なのは、太鼓をぽんぽん叩くからなのでした。】

2004年には沖縄&ハワイアンミックスの、アイランドミュージックバンド「ポーポーズ」として柏ストリートブレイク本選まで進み、その縁で、都内ライブハウスやお祭り会場で演奏活動等が始まる。「アロハイサイ」なんてハワイアンとオキナワンミックスのイベントもあったね~♪
そこでミュージシャンの井上さんと知り合った。

 

このころから私は足に鈴つけてました。
本当はこんな踊りの曲なのですが、我々のは、とことん遊んだ編曲です。

相変わらず旦那は単身赴任で不在、娘たちの受験・仕事・音楽活動
エネルギー全開で鹿児島以前よりいそがしい日々が続く。

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