【ギタぽんが出来るまで】7 強制終了

しっぽ♪と一緒にやってたバンド「ポーポーズ」では、パーカッションの傍らアコギも弾いていた。
実は左手の中指がばね指になってて、握りこんでのコード弾きしかできなかった。
でもウクレレ弾くバンマスとインストでテイクファイブの2重奏やろうと持ちかけられて、弾いた後には手が痛んで腫れた。
ギターを弾く喜びと、痛みを味わった。弾きたいけど痛い。。くやしい。自由に弾きたい!
たまたま同窓会で会った友達が、「弟が大学病院の手専門の整形外科医だ」と紹介してくれて、ばね指の手術をした。
ばね指の手術はそんなに難しいものではない。20分ほどで終了。後は回復を待つのみ。

しかし、術後の左手は水を入れたゴム手袋みたいに腫れあがって、いつまでたっても痛みが収まらない。その状況を見て、先生が慌てて一枚の印刷物を出してきた。
反射性交感神経性ジストロフィー
こういうのになる人もいますって。。。遅い!!!
「そんな話聞いてないよ。手術なんかするんじゃなかった」と思った。

強力な鎮痛薬を入れて、無理矢理手を動かすリハビリ!
とってもイケメンな若い先生だったけど、思わず、空いてる手で先生を殴りそうになるほどの痛み!
そんなことをしているうちに、幸いにも痛みは落ち着き、腫れも引き始めた。
これは本当にラッキーなことでした。そのまま一生苦しんでいる人もいるという。

左手は引っかからずに動くようになり、抜糸直後にはお祭りステージでギターを弾いていた。ギターが弾ける、うれしい!!!!
そして、仕事も順調、下の子も大学進学、主人も鹿児島から帰ってくることになった。人生絶好調!

鹿児島の引っ越し作業を終え、翌朝いつものように出勤。
駅への途中で、いきなり右足が動かなくなる。
家に戻ろうとしても、脂汗が流れ足が動かない。右足の感覚がない。3分ほどの距離を20分以上かけてじりじりと進み、やっと家に帰った。
腰椎分離滑りによるヘルニアという診断。
そのままばったり歩けなくなり、仕事は辞めた。

2006年の春、人生2度目の強制終了。

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