【ギタぽんが出来るまで】12 教える

ギター教室に通うようになって、伴奏を全部やめたわけではなく、しっぽ♪やオカリナ河崎さんや二胡の真真さんの伴奏等やってた。
アコーディオンの楽ちゃんやかつこさん、柏で活動しているミュージシャンの知り合いも増えた。
音楽の学校を出たり留学した経験がなくても、プロとしてがっつり活動してる人がいる事も知った。

運河の蔵のギャラリー「平左衛門」がカフェを作ったとき、歌声やりませんかと言われ、歌声も始めた。
これはけっこう好評で何年か続き、震災の日も歌声まっさい中だったなあ。
最初は伴奏譜を必要としてたけど、レパートリーが200曲を越えたあたりから、旋律をきいただけでコードがつけられるようになった。
歩けるようになって、DTPの仕事も再開。
そのころ、仕事も音楽も、依頼されればなんでもやっていた。
自分の能力の限界での本番仕事のヒリヒリした刺激がだんだんくせになる。これぞOJT中毒!

2010年の11月、アートライン柏の企画で、南柏のカフェ・ラ・ビアンヴニュで、ギター・ギタレレのコンサートをやった。
その後、ここでお教室をやりませんかと誘われた。
「手が小さいから、力がないから、ギターは無理だけど、その小さいギターなら弾けそうなので習いたい」という人がいるという。
(あれからこの呪文のようなことばを何回聞いたことだろう。。【手が小さいから、力がないから、ギターは無理】そうじゃないのにな。。。。)

ということで、ギタレレ教室をやることになった。
まだ私はギターを教えるという事のなんたるかを全くわかっていなかったけど、
ギターの先生に相談したら「求められているなら教えたらいんじゃない?」と言われた。
音楽友達には「ある程度弾けるようになったら、教える事でしか上には登れない」とも言われた。

思い切って3ヶ月コースの予定で教室を引き受けた。
今と全く同じコンセプト。スリーコードで童謡唱歌の弾き語り。
これは、学生の頃にシスターにギターを教えたときの手法と同じ。あの時は童謡じゃなくて賛美歌だったけど。。
希望者全員中高年だったので、とにかく簡単にしようと思った。
そして思いついたのが>オープンチューニングでの3コード

「いきなり弾き語り出来た」という体験はものすごいモチベーションになる。
「ギターって簡単だ。大したことないや」と、勘違いしてもらう事が重要
根拠のない自信はブレイクスルーにつながるのだ。

みんな、上手く勘違いしてくれた。(難しさに目覚めるのはもっともっと弾けるようになってからでいい)
そして、ギタレレでは物足らなくなり、大きなギターを弾きたいといって、ギタレレ教室はギター教室となった。